やたの視点
お酒が一滴も飲めないまま、会食の場にいた
個室の障子が開き、まずビールと烏龍茶が並びます。誰も何も言いません。それが最初の乾杯の合図です。
乾杯のあと、グラスの中身だけ違います。周りはビールやハイボールで、私だけウーロン茶。それが会食のいつもの始まりです。
私はお酒が一滴も飲めません。体質です。今もそうです。
誰かが音頭を取り、グラスが触れ合う。そこから先、場の空気は酒の量で少しずつ変わっていきます。素面のままそのペースに合わせるのは、最初は落ち着かないものです。
「一杯だけどうですか」と勧められることもあります。断り方に迷うことがあるかもしれませんが、答えは一つです。「飲めないんです」。理由を並べるほど、かえって話が長引きます。
まだ一緒に仕事をしたことがない相手には、なおさら話しかけづらいものです。飲めないから、あの輪に最後まで入れないんだと思うことがあるかもしれません。
でも、それは飲めないからではありません。その場での役割を、まだ決めていないだけです。
抜け方は難しくありません。乾杯の前の一言と、翌日のお礼の一言。この二つを先に決めておくだけで、輪に入れているかどうかという不安からは抜けられます。
そこから抜けるのに、性格を変える必要はありません。飲めるようになる必要もありません。決めるのは、その場での役割だけです。
そもそも、お酒に弱い体質は珍しくありません。少量の飲酒でも激しい反応(顔面紅潮・動悸など)を起こすホモ欠損型が、日本人の1割弱です。強い体質の人と比べて分解する力が16分の1ほどしかないヘテロ欠損型が、3割強を占めます。
合わせると、日本人の4割前後は体質的にお酒に強くありません。

問題は体質ではなく、その時間に何をするかです。飲める人は、酔いが進むほど場に馴染んでいきます。飲めない人は、酔わないまま最後までそこにいます。
この差を弱みだと思うか、役割だと思うか。それだけで、その席の過ごし方が変わります。無理に飲める人のペースに合わせようとするから、疲れます。
会食の場で使える型を、いくつか挙げます。
まず、乾杯の前に一言だけ言うことです。「飲めないので、ウーロン茶で」。それだけでいい。体質の説明も、謝罪もいりません。具体的な断り方や注文の言い回しは、お酒が飲めない人の会食に文例をまとめています。

最初の一言のあと、「本当に一滴も無理なんですか」と重ねて聞かれることがあります。
そのときも答えを変えないことです。「はい、体質なので」。この繰り返しに付き合う必要はありません。
同じ相手と会うのが2回目、3回目になると、聞かれなくなっていきます。一度きちんと伝えておけば、次からは向こうが覚えていてくれるからです。
「すみません、飲めなくて」と何度も謝る必要もありません。謝られた側は、かえって気を遣います。一言で終わらせるほうが、場は軽くなります。
次に、素面のまま最後まで座ることです。酔わないので、誰が何を話したか、そのまま覚えて帰れます。
覚え方にもコツがあります。会がお開きになった直後に、スマホのメモに三つだけ書き留めるという方法です。話していた人の名前、話題、気になった一言。それだけで十分です。

子どもの受験を控えている人。今の仕事で悩んでいる人。ふと漏らした本音。そうした細部は、翌朝には薄れていることが多いものです。
覚えている側だけが、次の一手を持てます。これは特別な記憶力の話ではありません。素面だったかどうかの差です。
盛り上がった夜ほど、翌朝には記憶が薄くなりがちです。素面で覚えていた側が、翌日にいちばん動ける立場にいます。
素面でいることには、もう一つ利点があります。契約や条件の話が出たときに、頭が明瞭なまま聞けることです。酔った勢いで安請け合いをする心配もありません。
逆に、飲めないことを負い目に感じて、必要以上に愛想を振りまいてしまう人もいます。愛想で埋めるより、覚えて持ち帰るほうが、ずっと関係に効きます。
翌日のお礼には、その場の言葉を一つだけ引用するといい。「昨日おっしゃっていた〇〇の件、気になっていました」。この一文があるかないかで、相手に残る印象が変わります。
「昨日は楽しかったです、ありがとうございました」だけのお礼は、誰にでも送れる文面です。相手の記憶には残りません。一つの引用で十分です。
その日に決まる仕事はほとんどありません。半年後、1年後に思い出してもらえるかどうかが、次の依頼につながります。
もし体質を無視して飲酒をすすめられたり、飲めないことをからかわれたりしたら、それは自分の落ち度ではありません。
上下関係や、集団のはやしたてや罰ゲームなどで心理的な圧力をかけ、飲まざるをえない状況に追い込むこと。本人の体質や意向を無視して飲酒をすすめたり、飲めないことをからかったり侮辱したりすること。特定非営利活動法人ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)は、どちらもアルコールハラスメントの定義に含めています。それでも勧めてくる相手であれば、その関係自体を見直す材料になります。

断る側ではなく、すすめる側の配慮が欠けている。それだけの話です。配慮を求めるのは、わがままではありません。深刻に感じるときは、一人で抱えず専門家や社内の窓口に相談していいことです。
ノンアルコール飲料の市場は、2024年時点で10年前のおよそ1.6倍に広がりました。飲めない人・飲まない人に向けた選択肢は、以前よりずっと増えています。
自分が会食を開く側になる機会も、独立して仕事をしていると増えていきます。ノンアルコールビールを一本用意しておくだけで、飲めない相手への配慮になります。
頼み方に迷ったら、店員に「ノンアルコールのものはありますか」と聞くだけでいい。取り扱う店は以前よりずっと増えています。
接待する側もされる側も、いずれ経験することです。自分が飲めないからこそ、飲めない相手の居心地に気づける主催者になれます。
手に職はあっても、営業だけは習っていない。そういう人ほど、会食を「飲める側の作法」で乗り切ろうとします。無理に合わせる必要はありません。飲めない側でどう振る舞うかも、対面営業の作法のひとつです。
このまま飲める人の輪に入れなければ、仕事も広がらないと思うかもしれません。でも、次の依頼は乾杯の強さでは決まりません。誰が何を覚えていたかで決まります。
会食の席で、飲めない人が持てる役割は一つです。覚えて帰り、翌日に返すこと。
飲めないままでいい。むしろ、飲めないままの方が、その場にとって都合がいいことさえあります。
それだけで、輪に入れているかどうかという不安より先に、次の約束が決まっていきます。
— やた
参照した情報源
- 2型アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)(厚生労働省 e-ヘルスネット)・確認日 2026-09-02
- アルハラの定義5項目(特定非営利活動法人ASK(アルコール薬物問題全国市民協会))・確認日 2026-09-02
- 厚生労働省の「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」とASKの方針(特定非営利活動法人ASK)・確認日 2026-09-02
- 【厚生労働省】「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表(公益社団法人 日本栄養士会)・確認日 2026-09-02
- 「飲まない・飲めない」需要を掘り起こすノンアルコール市場、過去最大規模へ(財経新聞)・確認日 2026-09-02