やたの視点
15分で「これは業界が変わる」と思った
業界紙の片隅に載っていた小さな記事でした。工務店を経営していたころ、施工管理のアプリが出た、という内容です。気になって、話を聞きに行きました。
工務店の経営は、黒字になっても、ちっとも楽になりませんでした。売上が伸びても、借金や固定費が一緒に増えていくだけのように感じる時期でした。
新しい仕組みの話には、期待より先に身構えのほうが来るものです。覚える手間が増えるだけかもしれない、という警戒が先に立ちます。
似たような売り込みは、世の中にいくらでもあります。長い説明が続いても、心が動かないまま終わることのほうが多いものです。
そんな中で、担当者が資料を広げ、機能を一つずつ説明し始めます。順番に紹介していく、丁寧な説明でした。
15分経った頃、もう聞かなくていいと思いました。「これは業界が変わる」と、その場で確信していました。
確信というのは、疑う理由を探すのをやめた瞬間に生まれるものかもしれません。それまでは、話を聞きながらどこかで粗を探していたように思います。
担当者のほうが驚いていました。まだ半分も説明していなかったからです。残りの機能を、一つも聞かずに話を打ち切りました。
見ていたのは機能ではありません。現場の一日から、何が消えるかでした。
工務店では、営業も設計も現場管理も原価管理も経営も、ほとんど自分でやっていました。現場の情報を数字に直すために、同じ内容を何度も書き直す場面が日常にありました。
このアプリが入れば、その書き直しが消える。現場の情報がそのまま数字になり、後から突き合わせる手間がなくなります。使う側の一日を知っていたから、15分で分かりました。
黒字にはなっていても、このまま規模を広げれば、借金も固定費もリスクも増えるだけではないか。そんな不安を抱えていた時期でした。二度手間が消えるという話は、その不安に直接効く話でもありました。

良い商品かどうかを見ていたのではありません。自分が使う側ならどうかで、見ていたんだと思います。担当者が紹介しようとした残りの機能は、その判断にはもう要りませんでした。
確信は、説明の量では作れません。使う側の一日に何が起きているかを、こちらが先に分かっているかどうかで決まります。
ChatGPTは公開から5日で100万人が使い、2か月後には1億人を超えました。これまでのオンラインサービスと比べても、驚異的な速さです。取扱説明書を読んで広まったわけではなく、使ってみたら手放せなかった人が増えた、という順番だったはずです。営業や代理店ビジネスの統計にも、似た動きがいくつも見つかります。
営業の現場でも、同じ動きが起きています。生成AIを毎日使う営業職は、1年で4.5%から18.0%に増えました。企業として利用を許可・推奨する動きも、11.0%から39.7%まで広がっています。使う人が増えるほど、説明を聞いてから試す人より、試している同僚を見て試す人のほうが多くなっているのではないでしょうか。
一方で、使っている人の数と、効果を感じている人の数は別物です。日本企業の活用・推進度は87%で、他国と大きくは変わりません。ところが、期待を大きく上回る効果を出せている企業は9%にとどまります。比較した6か国で最も低い水準でした。
導入した企業のほとんどは、機能の説明を受けて、便利そうだからと使い始めたはずです。それでも、期待を大きく超える成果に届いた企業は9%にとどまります。何が消えるかまでは分からないまま使い始めた企業が多いからではないか、と思います。持っているかどうかより、何が消えるかを分かって使っているかどうかで、差が開くのでしょう。

分かって使えている現場の例もあります。明治安田生命では、営業職員約3万6000人が使うAIエージェントを導入しました。訪問準備や報告にかかる時間が、従来より3割減ったといいます。
3割という数字そのものより、何が減ったのかが具体的なところに意味があると思います。訪問準備と報告。営業職なら誰でも毎日やっている作業だからこそ、減った実感が伝わりやすいはずです。

説明を足すほど、聞いている人は自分の現場を思い浮かべにくくなります。機能を10個並べられても、頭の中で動くのはせいぜい1つか2つではないかと思います。
実績並べ型かもしれません。分かってもらおうと実績や情報を足し続けて、読む人が自分を重ねる場面がない、という状態です。導入実績、機能比較、受賞歴。並べるほど厚みは増しますが、相手が自分の一日を思い浮かべる隙間は減っていきます。
多くの売り込みが、同じ轍を踏みます。実績や機能を並べれば並べるほど信頼してもらえると思って、情報を積み増していきます。ところが、聞いている側の頭の中では、情報が増えるほど自分の一日とは結びつかなくなっていきます。

情報を積み増すのは、聞いている相手のためというより、話している側が安心したいからだと思います。沈黙が怖くて、もう一つ実績を足す。不安を埋めるための説明が、相手の一日から遠ざかっていきます。
伝わらないのは説明が足りないからだと思ってしまいがちです。本当は、説明の量ではなく、相手の一日を知っているかどうかで決まるからです。
扱うものを選ぶときも、機能表からは見ません。組む相手を見極める基準とはまた別に、それを使う人の一日を、朝から晩まで思い浮かべます。何時に、誰が、何をしていて、そこから何が消えるか。それが描けないものは、言葉を足しても売れません。
商談の前に、相手の一日を紙に書き出してみるのも一つの方法です。何時に出社し、何をして、どこでつまずいているか。対面営業の作法として、そこに手を入れられる商品だけが、短い時間で伝わります。
その後、扱う商品を選ぶ機会が増えました。基準は今も変わりません。仕組みや実績がどれだけ整っていても、使う人の一日から何も消えないものは選びませんでした。
代理店の条件が聞いた相手によって変わる理由については、もらった条件が、人によって違ったで詳しく解説しています。
書き直しの手間が一つ減るだけの話にも見えます。それでも、その手間を知っている側からすれば、消える理由がすぐに分かる話でした。
商品は、使う人の一日から何が消えるかで見る。それだけです。
— やた
参照した情報源
- 令和6年版 情報通信白書 生成AIの急速な進化と普及(総務省)・確認日 2026-09-02
- 営業職の生成AI「毎日利用」が1年で4倍に急増 実務インフラ化が進む最新実態調査レポートVol.2を公開(株式会社セレブリックス)・確認日 2026-09-02
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