やたの視点
初月約20件が動いた本当の理由
ある商材を売り始めた最初の月、気づいたら約20件が動いていた。この商材の売り方は、まだ何も整理していなかった。数字だけを見れば、初月からうまい売り方を掴んだように見えるかもしれない。実際は違う。
声をかけた相手は、新しく開拓した人ではなかった。もともと仲の良い知り合いに、「良いものがあるんですけど」と話しただけだった。特別な言い回しも用意していない。反応が良かったので、これはいけると判断してアクセルを踏んだ。
この約20件を、話し方やクロージングの型の成果として語ることはできない。あるのは、声をかけた相手が、すでに信頼していた人だったという事実だけだ。身近な人に喜んでもらえる商品なら、もっと多くの人に届けられるはずだと感じた。それが、全部の始まりだった。
新しい相手を探して口説き落としたわけではない。すでに関係のあった人たちが、最初に反応してくれただけだ。この違いは大きい。話がうまかったのではなく、声をかける相手を間違えていなかった、というだけの話になる。
関係のない相手を口説く方法を探すより、関係のある相手に声をかける方法を先に固めたほうが、たいてい早い。地味に見えるが、そちらのほうが効く。

この話をすると、気が重くなる人がいる。知り合いに声をかけるくらいなら、新しい名刺を増やすほうがまだ気が楽だという感覚は、よく分かる。会ったこともない相手になら、断られても傷は浅い気がする。
切り出せない型なのかもしれない。まだ仕事をしたことのない相手に、仕事の話を切り出しにくいと感じる状態を指すことが多い。人付き合いが下手だからではない。頼んだ瞬間、対等だった相手を客扱いする人になってしまう気がするからだ。
友達だと思っていた相手に、「良いものがあるんですけど」と切り出す。その一言で、これまでの関係が崩れる気がする。だから何年も会っていない相手を探しに、慣れない交流会へ足を運んでしまう人は多い。名刺は増えるが、次に会う理由は決まらないままになる。
名刺交換をした後、SNSでつながって終わる。そんな関係は、いくら増やしても仕事にはつながりにくい。一度しか会っていない相手には、頼み事をする土台がまだできていないからだ。
新しい相手を探す動きが悪いわけではない。ただ、探しに行く前に確認すべき場所を飛ばしているだけだ。すでにある関係のほうが、育てるより先に使える状態になっている。
異業種交流会は、自社に足りない経営資源を補う企業と出会う場でもある、と説明されている。新しい取引先を探す手段としては理にかなっている。ただ、そこで出会ったばかりの相手とは、まだ関係の蓄積がない。
でも、これは順番が逆だ。すでにある関係を使う方が先で、新しい関係を作るのはその後でいい。まだ会ったことのない相手より、すでに信頼している相手のほうが、話を最後まで聞いてもらいやすい。
この感覚には理由がある。返してもらえるのが当たり前、という社会的な決まり(互酬性の規範)があるからこそ、最初に何かを差し出す行為が成り立つ、と論じた研究がある。渡すことを怖がっていては、何も始まらない。
誰かに先に手を差し伸べるのは、頼ることとは違う。声をかけることは、頼むことではなく、先に動くことなのだと思う。相手に決めさせる前に、こちらが最初の一歩を出す。それだけのことだ。

言い方を変えるだけでも、受け取られ方は変わる。「買ってください」ではなく「良かったら見てください」であれば、相手は断る形を取らずに済む。
会う回数についても、研究は似た方向を指している。単語や顔写真を繰り返し提示する実験では、接触の回数が増えるほど好意度も高まるとされている。少なくとも、何度も顔を合わせてきた相手のほうが、声はかけやすい。
逆に、一度も会ったことのない相手には、この積み重ねがまだない。どれだけ丁寧に話しても、初対面の警戒心を超えるには時間がかかる。

何年も前に一度会っただけの相手より、去年も今年も顔を合わせた相手のほうが、声をかけやすい理由はここにある。新しい名刺を探すより先に、すでに回数を重ねた相手を思い出すほうが早い。
前職の同僚、昔の取引先、学生時代の友人。仕事とは関係のない相手でも構わない。何度も顔を合わせてきた相手であれば、それだけで声をかける理由になる。一度きりの薄いつながりであっても、切ってしまうのはもったいない。
覚えているだけでは足りない。声をかけて、初めて関係は動き出す。覚えている段階のまま止めている相手が、まだ何人もいるはずだ。
かける言葉は、飾らなくていい。「今度こんな仕事を始めたんだけど、良かったら見てもらえますか」くらいで十分だ。売り込む言い方ではなく、近況を伝える言い方にするだけで、相手の受け取り方は変わる。
見せ方は一つでなくていい。個別にメッセージを送ってもいいし、SNSで近況として投稿するだけでもいい。会う機会があれば、世間話のついでに一言添えるだけでも十分に伝わる。
逆に、実績や資料を並べて説得しようとすると、相手は身構える。仲の良い知り合いに対してほど、丁寧すぎる営業トークはかえって浮いてしまう。
声をかけて反応がなくても、関係が壊れるわけではない。もともと対等だった相手との距離は、頼んだ一言くらいでは変わらない。断られることを恐れて動かないほうが、よほど関係を薄くしてしまう。
今日できることは一つだけにする。直近1年で会った人を、10人書き出してみる。仕事の話をするためではなく、誰と関係が残っているかを確認するためだ。名前を書き出す作業に、うまい言い回しはいらない。
名前の横に、最後に会った時期を添えておくといい。半年以内ならすぐ声をかけられるし、数年空いていても、久しぶりの連絡というだけで十分な理由になる。

いきなり10人全員に連絡する必要はない。まずは1人でいい。一番声をかけやすい相手から始めれば、それで十分だ。
書き出してみると、忘れていた相手が何人か出てくるはずだ。連絡先を消していなければ、それだけで声をかける準備は整っている。
約20件が動いた理由は、話がうまかったからではない。すでにそこにあった関係を、ただ使っただけだ。人は、関係値がある人から物を買う。私はそう思っている。
うまい言い方を探す前に、書き出した10人の顔を思い浮かべてみてほしい。名刺を配って歩くより、その10人に声をかけるほうが、たぶん早い。
— やた
参照した情報源
- The Short Life of Online Sales Leads(Harvard Business Review)・確認日 2026-08-31
- 異業種交流会の特徴と参加方法について教えてください。(J-Net21(中小企業基盤整備機構))・確認日 2026-08-31
- 互酬性の個人合理的な基礎(『ソシオロゴス』第8号(1984年)東京大学大学院人文社会系研究科)・確認日 2026-08-31
- 単純接触効果研究の動向と展望(大阪大学大学院人間科学研究科紀要 37号(2011年)大阪大学)・確認日 2026-08-31