やたの視点

相手の言葉を、そのまま返すということ

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打ち合わせの終盤、相手が急に大人しくなる瞬間があります。説明は間違っていないのに、反応が薄くなる。BtoBの対面営業で無形の商材を扱っていると、こういう場面によく出会います。

そこで効くのは、話の巧さではありません。相手がさっき言った言葉を、こちらが覚えているかどうかです。

BtoBの商談は、一度では終わりません。提案から契約まで、何度も顔を合わせることになります。前回の話を覚えているかどうかが、次の印象を決めます。

言われた言葉を覚えておくだけなら、誰にでもできます。特別な才能も、長い場数も要りません。それでも、実際にやっている人はそう多くありません。

分かりやすいのは、家や車のような形のある商品です。手に取れて、動かせて、他社の物と並べて見比べられます。試乗も内見もできます。

家や車のような有形商材の対面営業とは、効くポイントが変わります。

無形の商品には、そのどれもありません。デザイン、コンサル、士業、講師。形のないものを扱う仕事ほど、渡す前に信じてもらわなければなりません。

提案の資料を作り込むのに時間をかける人は多いです。デザインを整え、実績を足し、文章を練ります。その手前にある一言は、後回しにされがちです。

サービスには、形がなく、提供と同時に消費され、品質を標準化しにくく、保存もできないという性質があります。比べる対象が商品そのものではなく、渡す人になりやすい理由です。

しかも、いったん提供されると修正や返品ができません。だからこそ、売り手に対する信頼性を高めることが重要だとされています。中身より先に、人が見られる仕事だということです。

見積もりが3社から出て、金額もほぼ同じだったとします。決め手になるのは、提案書の厚みではありません。担当者が最初に何を言ったか、そこです。

比べる基準が無いと、人はつい価格で比べようとします。安いほうが分かりやすいからです。だから無形の商品ほど、価格勝負に引きずり込まれやすくなります。

人は関係値がある人から物を買います。無形の商品では、その言葉がいっそう重く効きます。中身を見せられない分、関係のほうが先に問われるからです。

関係を作る方法はいろいろあります。いちばん手っ取り早いのは、相手が使った言葉をそのまま返すことです。「前に業者選びで苦労した」と聞いたなら、次に会うときにそこへ触れる。

それだけで、聞こえ方が変わります。言い当てる、という表現は正確ではないかもしれません。相手がすでに言った言葉を、忘れずに拾い直すだけのことです。

覚えていてもらえた、と感じた瞬間、相手の警戒はゆるみます。無形の商品は中身を確かめられない分、警戒はなかなか解けないものです。

相手の言葉を返すのは、テクニックというより礼儀に近いものです。聞いた話を忘れない。ただそれだけのことが、信頼の入り口になります。


言葉を返すには、先に聞く時間が要ります。提案書を作る前に、相手が困っていることを、こちらの言葉ではなく相手の言葉で書き出してみる。それだけで、渡す順番が変わります。

初めての商談で、相手のすべてを理解するのは無理です。それでも、聞いた一言を覚えておくだけで、次の一手は変わります。特別な準備は要りません。

雑談に出てきた一言でも構いません。メモしておくだけで、次に会うときに使えます。特別な場所に書き留める必要はありません。

二回目の打ち合わせで、前回話したことをもう一度説明させられると、相手は疲れます。覚えていてもらえるだけで、その手間が消えます。

専用のノートも、高価なツールも要りません。大事なのは、聞いた言葉を次の会話に戻すという一手間だけです。

エンジニアなら技術の説明より先に、困っていたことを一言だけ返す。士業なら制度の説明より先に、相手の状況を一度言葉にする。順番を変えるだけで、聞く姿勢が変わります。

デザイナーなら過去の作品より先に、相手が今の見た目に感じている違和感を言葉にする。コンサルなら手法より先に、相手がすでに気づいている課題を一度言い当てる。

業種が変わっても、やることは同じです。相手が使った言葉を、忘れずに次の会話へ戻す。それだけです。

聞いたことを覚えておくだけで、次に会うときの空気が変わります。前回の続きから話が始まるからです。

逆に、聞いたはずのことを忘れて同じ質問を繰り返すと、それだけで信頼は目減りします。無形の商品ほど、この差は響きます。

生命保険も、実体のない商品の代表です。契約した時点では、何も手元に残りません。それでも加入経路は、営業職員が45.2%で最多です。

内訳を見ると、家庭に来る営業職員が29.0%、職場に来る営業職員が16.2%です。少なくとも、加入の入口の半分近くは、人を介しているということです。

一度の説明で決まる商品ではないからこそ、何度も顔を合わせる相手が選ばれやすいのだと思います。積み重ねがものを言う商品ほど、この傾向は強くなるはずです。

そう考えると、パンフレットの厚みより、目の前の一言のほうが判断材料として重いのかもしれません。実物を確かめられないからこそ、余計にそうなるのだと思います。

オンラインで完結する加入経路もあるのに、営業職員経由がここまで多いのは、無形の商品だからでしょう。仕組みだけでは、まだ埋まらない部分があるということです。

言葉を返すことは、演技ではありません。相手の話を、ただ覚えておくだけのことです。取り繕った言葉は、たいてい相手に伝わってしまいます。

今日からできることが一つあります。次に会う前に、前回のメモを見返すことです。予算のこと、期限のこと、過去の失敗のこと、何でも構いません。

実績が少ないと感じている人ほど、この方法は効きます。実績で勝負しなくていいからです。

効かないと感じるときほど、実績並べ型かもしれません。実力を証明しようとして、相手の話をしていない、というものです。実績が足りないからではありません。詰め込むほど、相手は自分の状況をそこに重ねられなくなります。

実績で証明する話は、別のコラムに譲ります。ここで返すのは、実績ではなく、相手が使った言葉です。

時間がかかる、と思うかもしれません。実際には、実績を並べる資料を作るより早いくらいです。相手の言葉を、思い出すだけで済むからです。

聞いた言葉を返すだけで差がつくのだとしたら、時間の使い方も変わってきます。資料作りではなく、聞くことに時間を使うという発想です。

口下手でも構いません。人と話すのが得意でなくても構いません。並べる実績が少なくても、返す言葉さえあれば、次も声をかけてもらえます。相手の聞き方を変えるだけで、見える景色が変わります。

中身より先に、相手の言葉を覚えておく。次に会うまでの一手間が、信頼の土台になります。

— やた

参照した情報源

  1. サービス|グロービス経営大学院 創造と変革のMBA(グロービス経営大学院)・確認日 2026-08-14
  2. サービス・マーケティング|グロービス経営大学院 創造と変革のMBA(グロービス経営大学院)・確認日 2026-08-14
  3. 特定継続的役務提供 - 特定商取引法ガイド(消費者庁)・確認日 2026-08-14
  4. 生命保険の加入経路は?|生活基盤の安定を図る生活設計(公益財団法人 生命保険文化センター)・確認日 2026-08-14
  5. 2025年生命保険契約満足度調査(J.D. Power)・確認日 2026-08-14
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